第四診


「すべてはバランスなんです」

(私)
確かに、この間、あなたに差し上げた「ステロイド」という薬は、人間で働くホルモンを
抽出したもので、様々な広い働きを持つ半面、その効果を望まない場合、それが逆に色々
な副作用となってしまう、いわゆる「強い薬」の代表の様な薬です。
しかし、そのステロイドを飲み始める以前の、あなたの膝の状態を思い出してください。
関節全体が、赤く浮腫んだ様に熱く腫れていて、関節を全く動かせないばかりか、じっと
していてすら痛みが続いており、その腫れにちょっとでも触ったりしたものなら、飛び上がるようだったではないですか?

(老婦人)
そう言われれば、そんなだったな。

(私)
関節でクッションの役を果たしている軟骨がすり減って、骨同士がこすれあうようになると、そこに強い炎症が起きます。
それは、このまま体を壊し続けると危険だよというサインを出すとともに、痛みで体を動かせない様にして、関節の修復を速める働きもしているのです。
ところが、関節の修復が完全に終わる前に、いわゆる「痛み止め」で痛みだけ抑えて無理に関節を動かし続けることで、炎症をさらに悪化させてしまうと、今度はその炎症自体の為に関節が破壊され始めてしまいます。
まるで、家を守っている消防士さんが、近所のたき火から火の粉が飛んできて、このままでは火事を起こす危険があるから、半鐘を鳴らして「あぶないよ」と注意を呼び起こしながら、濡れたほうきで火の粉を払おうとしていたのに、その半鐘の音がうるさいと半鐘を鳴らすのをやめさせられて、更にたき火を大きくされてしまったので、「いっそ火事になるくらいなら家を壊してしまえ」という過剰な反応を起こしたようなものです。

(老婦人)
それで、膝っ株がパンパンになるほどに腫れたんだ。

(私)
ですから、この場合、家を守るためには、本来は家を守るために働いていたはずの消防士を縛り上げてでも、一時的にその働きを止める必要があります。
もちろん、そうやって暴走した消防士を縛り上げて家を壊すのを止めさせても、たき火のせいで家が燃えてしまっては元も子もないので、たき火の火消しも必要になります。
そこで、家が関節、消防士が炎症の例えになっているのはお分かりと思いますが、たき火というのは何の例えだか分りますか?

(老婦人)
<ちょっと追い込まれた顔をして>
あのー、頑張って動くなってこと?

(私)
大正解です。
あなたは、薬を飲んだら、膝の腫れが引いて痛くなくなったけど、野良に出て、また膝が
痛くなると腫れて熱くなってくるといいましたよね?
まさしくその通りで、どんなにいい薬を飲んでも、それ以上に体をいじめられてしまうと
やっぱり辛い症状が沸いてきてしまう事になり、そうするともっと効果の強い薬、もっと
たくさんの量の薬といたちごっこが始まり、薬が増えるほどに副作用の危険が高まるし、
気付いた時には体がボロボロに壊れてしまっているという事にもなりかねないのです。

(老婦人)
そう言っても、働かなければ食って行がれねし、痛くて動げねば働けねえし・・・

(私)
ですから「限度を超えた頑張りをしないでくださいね。」とお願いしているだけなんです。
その「限度」の物差しがあなたの場合、膝の痛み具合という事になります。

(老婦人)
無理をさねば、痛みがへるし、痛みが減れば、薬もちょっぴりでいいし、薬を減らせれば、副作用も心配ねってか?

(私)
やっとご理解いただけましたね。
まさしくその通り、すべてはバランスなんです。
何か一つ良い事をすれば、他はどうでもいいとか、逆に悪い事を何か一つ我慢しさえすれば、他はどうでもいいというような、都合のいい話はなかなかあるものではありません。
ご自分の体の様子と相談しながら、よけいな苦しさを感じることなく、やりたい事の出来る活動の幅を少しでも広げられるように、薬の微調整をしていきましょう。
では、今回は前と同じ薬で出しますが、次回も調子が良いままなら少し減らしましょうね。
くれぐれも「無理なく」お大事になさってください。


★前に戻る                       ★次に進む

[プロローグ戻る]