第四診



「またやっちゃった。」

通勤の車のラジオから、ジングルベルが流れるようになったころのある日

(50代の赤ら顔の男性)
<以前から痛風の発作を繰り返し、不定期な通院を続けている>
<ちょっと顔をしかめながら、びっこを引きつつ診察室に入ってくる>
いやー先生、またやっちまったよ。

(私)
<患者のサンダルを履いた方の靴下を脱がせながら>
そろそろ時期だなと思ってましたが、やっぱりですね。
<しっかり腫れ上がった足の親指の付け根をさすりながら>
今回もがっちりやっちゃってますね。
いつもの痛み止めの座薬と発作を落ち着かせる飲み薬を出しておきます。

(男性)
毎度毎度そうだけど、いやー、痛いもんだね。

(私)
それは痛いでしょう。
痛風発作ってやつは、結石症に次ぐ、痛い病気の代表ですからね。
こんなに何度も繰り返しているのに、まだ懲りないのですか?

(男性)
わかっちゃいるんだけどね。
飲むのも仕事のうちみたいなもんだからさ、この時期にはたて込んじゃうからどうしようもないんだよ。

(私)
一回一回の発作は、そのたびに薬で落ち着けていけばいいのですが、あまりのんきにやっていると、そのうち取り返しがつかないことになりますよ。

(男性)
おっと、おどかされちゃった。
尿酸が高いままだと、血管がダメになってくるってやつのことでしょう?

(私)
よくご存じで、前回の発作の時に説明したことを覚えていますか?

(男性)
ああ、尿酸が高いと、糖尿病とか高血圧があるのと同じように、動脈硬化が進んでくるから、きちんと正常値を維持しておかなきゃいけないって話だったよね。

(私)
その通りです。
その動脈硬化が原因となって、腎臓の障害や脳梗塞、心筋梗塞、大動脈瘤などの命と直結する病気が起きる確率がどんどん高まってしまうんです。
だから、発作の時だけひょっこり来るのではなくて、定期的な通院と管理が大事だともお話ししましたよね。

(男性)
そういえばそんなことも言ってたっけ。
でも、発作さえ落ち着いてしまえば、なんともないものだから、つい病院通いがおっくうになってさ。

(私)
それに加えてもう一つなんですが、お盆の時の発作で採血した時のデータで、それまでは正常だった肝機能が上がり始めているんです。

(男性)
え、肝臓まで悪くなってきちゃったの?

(私)
残念ながら、そうなんです。
本日の採血の結果次第では、禁酒令を出さなければならなくなるかもしれません。

(男性)
え、禁酒?そいつはご勘弁だなー。
俺から酒を取り上げちまったら、もう何も残らないよ。

(私)
まあ、実際に禁酒が必要かどうかは、採血の結果次第なのですが、いずれ、飲酒のペースは落としていかなければならないことだけは確実です。

(男性)
そうかい?

(私)
個人差はあるものの、おおよその目安として、日本人の場合、一生の間に純粋なアルコールで約一トン飲むと、肝硬変になれるといわれています。
日本酒の場合、おおむね4升で約1Kgのアルコールが含まれているので、約4000升でアルコール1トン相当となります。
これを、法律を守ったとして、20歳から60歳までの40年で飲むとすると、一年あたり約100升で、これを日割りすると、おおむね二合半となります。
つまり、年齢的に考えて、平均一日三合ペースで飲んでいるなら、そろそろ目いっぱいですよって話になるんです。

(男性)
それで肝臓の数字も上がり始めたってわけかい?・

(私)
はい、そう考えられます。
最終的には、ご自分の命なので、思うようにしていただいていいのですが、こうやってその場しのぎを繰り返していくことは、火のついたコンロの上で紙をひらひらさせて、火がつくたびにあわてて消してということを繰り返しているのと同じことで、火を消すたびに紙が小さくなっていくのと同様に、どんどん命が削り取られているんだということは、覚えておいてください。

(男性)
おお、怖い怖い。

(私)
たとえ、病院にきちんと通っていただいて、いろいろな薬で進行を遅らせる努力をしても、おおもとの火元が止まらなければ、紙が焦げていくのを完全に食い止めるわけにはいかないのです。
できるなら、命を粗末にしない選択をお願いしたいのはやまやまですが、「それを取り上げられたら生きてる意味がない」と言われればそれまでですし、そこから先はご自身の判断ということになります。

(男性)
わかったよ。
酒がなくちゃ生きている意味がないといったところで、生きてなきゃ酒も飲めないんだから、体を大事にすることを考えていことにするよ。

(私)
はい、今回の発作が落ち着いたところで、今日の採血の結果を参考に、どれくらいの薬が必要なのか相談していきましょう。
くれぐれも次の受診まで、お酒は控えておいてくださいね!!

(男性)
あいよ、じゃあまた来週。


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