第三診


「いつも頭が痛くって・・・」

早朝に吐く息が白くなり始め、コートが離せないようになったころのある日

(私)
おはようございます。この頃のお加減はいかがですか?

(40代のきつい目をしたご婦人)
<自律神経失調のため、抗不安剤の内服を続けている>
いつも頭が痛くって、すっと薬を飲んでいるのに、さっぱり治っている気がしないわ。

(私)
<患者の眉間に寄せられた縦ジワを見つめながら>
そうですか、なかなか難しいですね。
それで、頭の痛みはいつもと同じなのですか?

(ご婦人)
そうなの、いつもとおんなじ。
朝起きるときには、頭全体が重苦しいようにどんよりしているし、子供と旦那の朝の支度をして、家から出してやるときには、両方のこめかみが掴まれたように痛くなってくるし、洗濯物をたたんだり掃除機をかけたりしていると、首の後ろが突っ張ったようになって、頭を後ろから叩かれているような痛みが出てくるの。

(私)
なるほど・・・・
<カルテで現在の処方を確認し、不眠と自律神経失調に対応する抗不安剤、肩こりに対応する筋弛緩剤、突発性の疼痛に対応する鎮痛剤の頓服が出ていることを確認する>
症状に合わせていろいろなお薬が出ているのですが、薬を飲むことで以前との変化はありましたか?

(ご婦人)
ええ、薬を飲むようになってからは、痛みかた自体は以前より軽くなっているし、痛みを感じる回数も減って来てはいるのだけど、いいかなと思っているとやっぱり痛むのよ。
この痛みから解放されるのは、お友達とお気に入りの喫茶店で楽しくお話ししている時と、深夜放送の韓流ドラマの再放送でヨン様を見つめている時ぐらいのものよ。

(私)
それでは、薬を飲む以前の頭痛の強さを10とすると、この頃の頭痛はどのぐらいの強さになっていますか?

(ご婦人)
朝起きた時と、朝の支度をしている時の頭痛はあんまり変わりなくて、7か8位なんだけど、家事をやっていて頭が後ろから引っ張られるような感じは、そうね、おおよそ以前の半分ぐらいに軽くなっているわ。

(私)
それに、以前はしきりに肩こりの話をしておられましたが、この頃はどうですか?

(ご婦人)
肩こり?今でもあるわよ。
そういえば、以前よりは軽くなってきているかしら。
でも、やっぱり家事が立て込んだり、考え事が多くなると張ってくるわね。

(私)
その肩こりを感じている時と、頭が後ろから引っ張られるような頭痛が出る時って、大体重なっていませんか?

(ご婦人)
そうそう、肩が張ってきたなーって思うと、今度は頭がみしみしいってくるの。
これって関係があることなのですか?

(私)
はい、大ありなんです。
人間の頭は、首を支えるために、ちょうどスピードスケートの選手が被るウエアのように、肩から額の髪の生え際くらいまで、一枚の筋肉の膜でおおわれているのです。
ですから、肩の筋肉が張ってくると、頭をおおう筋肉の膜まで一緒に引っ張られてしまうため、頭痛が起きてくるものなのです。

(ご婦人)
へー、そうなんだ。

(私)
そもそも、あなたが感じている頭痛の原因は、一つではないのです。

(ご婦人)
え、そうなの?

(私)
まず第一に、寝不足と慢性疲労からくる、起き抜けの重苦しい鈍痛。
第二に、いらいらした神経の働きからくる、こめかみを掴まれるような頭痛。
そして、先ほど説明した、肩こりからくる頭痛の三種類の頭痛に悩まされているのです。

(ご婦人)
寝不足とイライラと肩こり?
それが、私の頭痛の原因なの?

(私)
はい、眠りの質を改善するために、抗不安剤の内服をお願いしているのですが、深夜放送を見ていてつい眠る時間自体が短くなっているのであれば、やっぱり慢性的な寝不足ということになりますし、あまり遅い時間に抗不安剤をお飲みになると、効果が朝まで残ってしまうため、体のだるさが強く出ることもあり得ます。
そして、体が思うようにならないところで、時間に追われた朝の支度をしなければならないのに、子供たちがテキパキ動いてくれなかったり、旦那さんの急な予定変更で段取りが入れ替わったりすると、イライラするなということ自体に無理があります。
肩こりについては、今飲んでいただいている薬が、予防のために十分な効果を上げているようなのですが、それでも限度を越して体に負担をかけると、やっぱり肩こりが出てきてしまうんですね。

(ご婦人)
だから、ちょっといいなと思って、たまっていた仕事に手を付けようとすると、途端に前と同じような頭痛が繰り返すんだ・・・

(私)
はい、大正解です。
生きているということは、常に変化していくということで、変化しないものというのは、命がないものと同じことになります。
そして、体に良いことを積み重ねていけば、体調を良く保てるのですが、悪くなるようなことをすれば、ちゃんと悪いことが起きてくるものなのです。
今起きている悪いことを、お薬を使ったり、何らかの治療をして解消してあげたとしても、それでもう二度と悪いことが起きないというわけにはいかず、悪くなるようなことを繰り返せば、また同じような苦しみが襲ってくるということになります。
そうはいっても、生きて行く上で、全部全部体に良いことばかりを選ぶ訳にもいかないので、薬を使うことで、ある程度までは、苦しみが起きにくくなるように体を支えてあげることもできるのですが、それでも限度を超えて悪くなるようなことをすれば、やっぱり苦しみに襲われることとなるのです。

(ご婦人)
そう言われればそうよね。
今までは、この頭痛がちっともよくならないのは、薬が合わないせいなんだってばかり思ってきたけど、わたし自身の体の使い方にも影響されるのよね。

(私)
そこに気づいていただければ、もう大丈夫です。
今までのままだと、まだ症状がとれないから「もっと強い薬、もっと強い薬」と進んで行って、重なった薬のせいで、かえって体を壊してしまう状況ともなりかねませんでした。
なんといっても、今日は眉間の真ん中に「こんな生活耐えられない!」マークの縦ジワをくっきり浮かべてのご来院でしたので、どうしようかと思っていたところでした。
それでは、今日のところは今までと同じ薬のままで継続しておきますので、もうちょっとだけ体にやさしい生活になれるように工夫をしてみてください。
生活の工夫で、症状がどう変化するかを見て、また薬の微調整をしていきましょう。

(ご婦人)
わかったわ。
やりたいことだけではなくて、もうちょっと体と相談しながらやってみるわ。

(私)
はい、次回は笑い顔でのご来院をお待ちしています。

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