第一診


「私はちゃんとやってるのに!!」

空に細かい雲が浮かび、八百屋に栗の実がならび始める頃のある日

(私)
おはようございます。しっかり食事は守れていますか?

(30代後半の女性)
<小太りな体格で、額に汗を浮かべながら診察室に入ってくる。>
<二年前の職場健診で高血糖を指摘され、それ以来、糖尿病として治療を受けている。>
はい、ちゃんと守っていますよ。
今回の検査結果はどうでした?

(私)
こちらが本日の採血検査の結果となります。
<検査結果が書かれた紙を見せながら>
うーん、うまくないですね。今回のHbA1cが7.5に上がっています。
前回のHbA1cが6.8でしたから、ちょっと食べ過ぎになっているようです。
それに、前回は正常だった中性脂肪と悪玉コレステロースも正常域を超えています。

(女性)
え?そんなはずはないでしょう。
ご飯は毎回はかりできっちり量って、同じ分しか食べていないのだから、食べ過ぎになんかなってるはずはないのに。

(私)
量っているのはご飯だけですか?おかずはどうしていますか?

(女性)
おかずはみんなの分をまとめて作るから、テーブルの真ん中に大皿でどんと出して、そこからおのおの自分の取り皿にとりながら食べていますけど?

(私)
そうですか。
それだと毎回どのくらいのおかずを食べているのか、はっきりわからないですね。
おかずの種類によっては、つい食べ過ぎてしまったりしていませんか?
(女性)
でも、それは前から同じにやっていることで、今回だけ特別ということではないわよ。
それに薬だって、きちんと言われた通りに飲んでいるし、それなのに数値が高くなるってどういうことなんでしょう?

(私)
<カルテの記録を確かめながら>
ちなみに体重なんですけど、先月と比べて2Kg増えてますね?

(女性)
やっぱり?ちょっとスカートがきつくなったとは思っていたんだけど・・・

(私)
残念ながら体重が増加しているということは、自分でどう思っているかは別にして、体が消費しているカロリー以上のカロリーを摂取しているということであって、やっぱり食べ過ぎになっているということです。

(女性)
そうなんだ、そういえば、畑に出ているとたまに冷や汗が出ることがあって、血糖が下がっているのかと思って、小昼を食べていたから、それのせいかも?

(私)
あ、それはありですね。
実際に低血糖を起こしている時には、臨時のカロリー補給が必要となるのですが、目分量でやっていると、ついつい多めになっていきやすいものだし、一度食べることを習慣にしてしまうと、体を動かしていなくてもつい食べてしまったりするものですよね。

(女性)
あれだこれだと、面倒なものなのね。

(私)
そう、糖尿病のコントロールというのは、サーモスタットの壊れたストーブで部屋の温度を一定に保とうとするようなもので、実際とても面倒なんです。
どうやら食事のバランスのとり方の基本をお忘れのようなので、栄養士さんと面談して、基本の摂取カロリーと運動量に合わせた追加カロリーの取り方について、食事の勉強をやり直してみましょう。



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