第二診



「食事制限の落とし穴」
(私)
おはようございます。この頃の体調はいかがですか?

(女性)
食事指導を受けてみて、今までの食べ方が大分食べ過ぎになっているのは分かったから、食べるものをしっかり計ってやっているんだけど、あまり効果が出た気がしないわ。
検査の結果はどうなっていますか?

(私)
<カルテの記録を確かめながら>
体重の変化はなくて、HbA1cも7.3で横ばい、あらあら、コレステロールと中性脂肪はむしろ前回より増えてしまっていますね。

(女性)
そんなー!
だって、ご飯はちゃんと量って食べているし、おやつだって減らしたのに、ほとんど変わっていないって、どうゆうこと?
それにコレステロールが増えているんですって?
マヨネーズはコレステロールフリーのものをわざわざ買って使っているし、油ものや卵も極力控えるようにしているのに、いったいどうしてなんでしょう?

(私)
なるほど、前回の指導を聞いて、かなり努力されているのに、十分な効果が出ていないということなんですね。
そうした場合に、良くはまっている落とし穴が二つあります。
まず、一つ目は、何かを我慢することで、自分としては努力したつもりになっているんだけれども、実のところ、そのほかのところでゆるみがある場合。
二つ目は、食事の量の制限に夢中にあるあまり、食事の内容のバランスが大きく崩れている場合。
この落とし穴にはまってしまうと、確かに自分としては、しっかり努力をしているのに、それが有効な努力とはならなくなってしまうんです。

(女性)
それって、どういうことですか?
私はちゃんと努力してるんですよ。
それなのに、努力したつもりだなんて、どうしてそうなるんでしょう?

(私)
一つ目の落とし穴についてですが、ご飯に関しては、きちんと重さを量って食べているとのことでしたが、そのほかの食べ物に関してはどうですか?

(女性)
え?
テーブルの真ん中に置いたおかずから、自分のお皿に取り分けて食べてますけど・・・
でも、そうだからって、食べ放題なんかしてないし、この間聞いた栄養指導で食べてもいいと言われた、こんにゃくとかキノコとか海藻なんかをいっぱい食べるようにしています。

(私)
その、ローカロリー食品を多く選んで食べているというのは、大変いいことなのですが、実際のところ、どれくらいの量のおかずを食べているかは、ちゃんと管理できてはいないということですよね?

(女性)
そういわれてしまえば、そうなります。

(私)
そこが、落とし穴となっているんです。
一日に摂取するカロリーというのは、ご飯の量だけでは決まらず、朝から寝るまでの間、口を通したすべての食べ物を合わせてみないとわからないものなんです。
しっかり守っているつもりでも、おいしいおかずだったり、残り物が出そうだったりすると、適量を超えて、つい、もう一箸ということになったりしているものなのですよ。

(女性)
う、たしかに、普段はちゃんと守っているんですけど、つい、箸が滑ることはあります。

(私)
ですから、実際に箸を持つ前に、自分専用のお膳にご飯とお汁、おかず類をきちんとセットして、それを食べ終わったらおしまい、という風にはっきり目で見てわかるようにしておかないと、なかなか適量を守ることは難しいものなのです。

(女性)
やっぱりそういうものなのですね・・・・

(私)
そして、人間というものは、やっぱりお腹いっぱいにならないと満足できないものなので、今までいっぱい食べていた人が、訓練で少しの量で満足できるようになるまでは、頭では分かっていても、なかなか箸を止めることができないものなのです。
しかも、おいしいと感じるおかずというやつは、少しの量で体に大きな満足を得られるものと相場が決まっているので、押しなべてカロリーが高いことになっているのです。
ですから、いくらローカロリーのものでお腹をふさいでしまえばといわれても、そう簡単に箸の伸びる先を変えることができないものなのですよ。

(女性)
そっかー、やっぱりご飯をセーブしているから、食べてないつもりになっているだけで、結構食べちゃってるんだ、わたし・・・

(私)
そこまで理解していただいたうえで、私がおすすめしているのは、「おかずのほうをきっちり制限したうえで、しっかりご飯を食べましょう。」ということなんです。

(女性)
ええ!ご飯おかわりしちゃっていいんですか??

(私)
はい、栄養士さんには白い目で見られちゃいますが、初めから出来もしないことを押し付けても何にもならないので、まずできることから始めていきましょう。
それで、さっきも言ったとおり、おいしいおかずというものはカロリーが高いことになっているので、まず、こちらをきっちり抑えて、お腹が満足できない分を御飯で埋めちゃうことで我慢するんです。

(女性)
この間の栄養指導の時だって、ご飯は150g位を一膳だけといわれたんですけど・・・

(私)
もちろん、一日の摂取カロリーを指導の通りに守れるのなら、それが最善なのですが、それができているなら、採血でこんな数字にはならないわけで、どうせ守りきれないなら、おかずで食べすぎるより、ご飯で食べ過ぎましょうという話です。
つまり、ご飯だけ三杯も食べるとなると結構大変なのですが、軽くもったご飯一膳でだいたい100Kcal前後となるので、おおむね300Kcalの過剰となります。
しかし、おいしいと思うおかずを満足するまで食べてしまうと、たとえば唐揚げなどでは、小さな一個でも100Kcalを軽く超えてしまうので、簡単に500から1000Kcalもオーバーすることになってしまうのです。

(女性)
え、そんなに簡単にオーバーしてしまうものなんだ・・・

(私)
そこで、初めのうちは、さっきも説明したとおり、食べて良い分のおかずを箸を持つ前に自分の取り皿に取り分けておいて、それを食べつくしたらお終い!決しておかずの追加をしないかわりに、お腹が満足しない分を御飯で埋める。
だんだん慣れてきたら、お腹ふさぎをこんにゃくとキノコの煮物や野菜と海藻のお浸しなどのローカロリーのものにスイッチすることでご飯の量を少しずつ減らしていき、最終的には栄養指導で習った食事に近づけていく。
そうすれば、あまり心と体に無理をかけずに理想に近づけます。

(女性)
ああ、それなら出来そうな気がする。

(私)
それです。
初めから出来ないと思っては、本当に何も出来ないので、その出来そうな気がするということが大事なんです。
そして、二つ目の落とし穴ですが、たいていの人は、食事の量を制限してくださいと言われると、テーブルにいろいろ並んだおかずの中から、一皿だけ選んで食べて、そのほかのものはいらないということをよくやってしまうものなのですが、それが危ないのです。

(女性)
え、私もそれを良くやってますけど、それがいけないんですか?

(私)
はい、それをやると、てきめんに栄養の偏りが生じます。
その栄養の偏りがまずいんです。

(女性)
そうなんだ・・・

(私)
まず、人間の体は、その日のうちに使いきれなかった栄養というやつを、そのままの形で保存しておくことができないので、必ず、一度、コレステロールを含む脂肪に作り替えてから蓄えるということをやります。
ですから、一切の油ものを取らなくても、その日のうちに使いきれないカロリーを摂取して寝てしまうと、夜のうちにせっせとコレステロールを作ってため込んでしまうんです。

(女性)
だから、あんなに油ものを制限したり、マヨネーズまでコレステロールフリーのものを選んだりしてるのに、コレステロールが上がっているんだ。

(私)
その通りです。
それに加えて、人間の体での栄養の消費の仕方には一つの癖があって、
<一枚の紙を取り出して、長さが異なる長方形を壁のように並べて描く>
この板一枚一枚が、それぞれ、ある栄養素別の摂取量だと思ってください。
それで、これをお風呂で使う手桶のわきの板に見立てて、水を入れていったとします。
そうすると、どんなに長い板があったとしても、水面はいちばん短い板のところで止まってしまいますよね?それ以上水を入れてもこぼれるだけ・・・
<水面の下側から線を引出し、効率よく燃焼できると書く>
それで、この水面より下の部分は、体が効率良く利用できるのですが、
<水面から上にはみ出した部分から線を引き出して、不完全燃焼すると書く>
この、水面よりはみ出した部分は、燃え残りが出やすくなってしまうんです。
つまり、栄養のアンバランスがあると、たとえ一日の制限カロリーをきちんと守ったとしても、その日のうちに消化しきれない栄養分が出てきてしまうため、結局は脂肪の蓄積が進んでしまうんです。
逆に、きれいにバランスを取ってやると、少々カロリーオーバーしても、効率よく燃やし切れてしまうので、あまり脂肪の蓄積が進まないということになります。

(女性)
わー、知らなかった。
そういう仕組みになっているんだ。

(私)
結局、人間はどんな食べ物でも必要なんです。
何かさえ食べなければ他はどうでもいいとか、何かさえ食べていれば他はどうでもいいとかいう、都合のいい話というのはありません。
もちろん体に良いことを積み重ねていけば、良い方に変わっていくことは間違いないのですが、一つ良いことをしたからと言って、それまでの悪いことが、いきなり帳消しになることもないのです。

(女性)
やっぱり、そんなに都合のいいことはないのね。

(私)
ですから、テーブルに並んだ食べ物は、できるだけ全部に箸をつけることが大事です。
もちろん肉だって、油ものだって食べていいのです。
とはいっても、食べすぎは厳禁です!!
きちんとバランスを取って食べましょう。

(女性)
わかりました。
箸を持つ前に、食べて良い分のおかずを自分のお膳にしつらえることと、おかずのえり好みをせずにバランスを取って食べること、お腹がどうしても満足できなかったら、おかずで足すのではなくて、ご飯で足すこと、ですね?

(私)
御理解いただけて幸いです。
では、それをさっそく今晩から実行して、次回の検査に臨んでみましょう。


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